こんにちは。株式会社きとうむらです。地域おこしの拠点として、山ふかい木頭村に発足したきとうむらは、豊かな自然の中で、ケーキやムースなどのデザートのほか、ナチュラルウオーター、柚子果汁などを製造販売しています。『ゆず、みず、だいず、きとうむら』をキャッチフレーズに、環境と経済の調和した地域産業をめざしています。


木頭自慢の柚子しぼり

いよいよ新発売!
木頭柚子醤油
250ミリリットル 価格1260円(税込み)


 やっとできました。きとうむらオリジナルの念願の柚子ぽんずしょうゆ。この製品を作るために、醤油もいろいろ探しました。そして、手に入れたのが金沢の国産丸大豆醤油。

 なぜ金沢かと言うと・・・。日本の食文化は東と西で大きく異なり、東は色も味も濃く、西は色が薄く味もさっぱりしています。そして、醤油も東と西では異なるわけです。そんな中で、さまざまな醤油をテイスティングし、出会ったのが金沢のヤマト醤油さんの国産丸大豆と天然塩で仕込んだ醤油です。

 実は金沢の食文化は、裏日本の小京都と呼ばれるだけあって、関西の味をいかしながらも、北陸の味が底流に流れ、東と西の味が融合した場所なのです。その地にあって、醤油は関西人も関東人もなっとくの味。そんな本醸造の醤油に、本枯れ節の厚削りかつお節をふんだんに使い抽出したダシを、蕎麦店の伝統的な手法「本返し」によってあわせました。そして、木頭の手搾り柚子果汁と果皮の成分を調合し、最後にモンゴルの天然塩で味を調えできたのが、この「木頭柚子醤油」です。

 さて、このこだわりの柚子ぽんずしょうゆの美味しさは、水炊き、湯豆腐、しゃぶしゃぶなどの鍋料理はもちろんのこと、焼き肉、トンカツ、ハンバーグ、餃子、唐揚げなどの肉料理のほか、冷やし中華、ぶっかけうどん、冷ややっこ、野菜炒め、おしたし、サラダ、つけものなど、さまざまな料理にお使いください



トップページ
サイトマップ
お知らせ
きとうむら通信
商品リスト
ショッピングページ
木頭物語
山のコンビニ
地域通貨
会社案内
ギフト
農業ボランティア
エコツアー
農村体験
リンク集
ご利用案内
特定商取引に関する法律に基づく表記


Copyright 2003 - 2006
株式会社きとうむら.
All rights reserved.

Last Updated on 2006



2007年4月

第73号

過去のページ


すべては自分たちに返ってくる・・・

 合併後の那賀町が、とんでもないことでマスコミをにぎわしています。全国ニュースで取り上げられただけに、すでにご存知の方もおられると思いますが、就任二年目の那賀町長が、公金横領の疑いの中、行方不明になっているのです。横領額はなんと三億八千万円。その町長は、合併する前の鷲敷町時代の収入役と町長を歴任していたころから、公金に手をつけていたとか。そんなこととも知らず、町民は彼を町長に選んだのでした。

 きとうむらは旧木頭村の第三セクターだけに、合併後はその株が那賀町に移管されました。そのため、私は町長と会って、会社のことについて話をした経緯があります。しかし、そのときの印象はどこか上の空で、親身になって話を聞くでもなく他人事のようでした。これが新しい町長かとがっかりしたのを思い出します。そして今回の事件発覚。私からすれば、とうとうメッキがはげたという感覚ですが、彼に票を入れた人々はだまされたわけで、さぞ悔しい思いでいっぱいでしょう。

 私がきとうむらにかかわった七年間は、ダムが中止となり、藤田さんが木頭村長選で破れ、円藤徳島県知事が賄賂で逮捕され、町村合併があり、そして今回の町長の横領・・・と、政治にまつわる事件に振り回された年月でした。ただ、それでも民主主義が存在し、選挙によって政治はなされているのです。そしてこれらの事件を見るにつけ思うのは、その恩恵も報いも、すべてが自分たちに返ってくるのだということです。

 時は統一地方選挙、参議院選挙の真っ只中。人間関係や仕事関係のお付き合いの一つとして扱われがちな私たちの一票は、本来の意味を失い、結果として私たちの首をしめることにもなりかねません。そのことを忘れることなく、人を見極め、真実を見極め、未来を見極めた一票を大切にしたいものです。政治の腐敗は、民度の低さであり、自分の票を軽んじた選挙民自身の罪。そのことを肝に命じ、投票を行いましょう。



私たちの会社は、高知県との県境に位置する山深い旧木頭村の地にあります。近隣5町村との合併で、人口1万2千人の那賀町の一地方となったのは、つい先日の事です。木頭村は、全国の支援者とともに「巨大ダム開発をストップさせた村」として知られます。私たちは、地域の自然を守りながら、コミュニティに元気が戻るよう、これからも変わらず地域の自然や柚子などの自然の産物にこだわり、全国の皆さんにお届けしていきます
〒771-6402
徳島県那賀郡那賀町木頭出原字ヨコマチ23-2
きとうむらトゥデイ編集委員会
info@kitomura.jp
・0884-68-2212 Fax.68-2277
皆さまからの情報、記事を募集しています。

木頭のホットなニュースを、連載していきます          (ぽん wrote)

 木頭村は合併して那賀町になり、町役場までは車(平均60km/h)で1時間半もかかることになりました。農協も奥の支所は撤退、村唯一の診療所も土日は医師が不在となりました。街のほうも同じだと思いますが、学校の予算は削られる一方。過疎地に住んでいると、町村合併ひとつにしても過疎地つぶしの政策としか思えず、ますます住みにくくなる一方です。むむむむむっ。でも、旧木頭村の村民はまだまだ元気です! このコーナーでは、(旧)木頭村内のさまざまな方面での活動、人やグループを紹介させていただき、村の元気をお伝えしたいと思っています。 

その1:「ダム反対資料館」代表・田村好 (木頭折宇)

 2006年春から秋にかけて、ダム反対運動の中心となった一人、田村好さんが私財を投じて建築されました。使われた木材は、田村さん自身が山から木を切り出して製材した純・木頭産。高い天井にはダム反対のデモ行進につかった「ダム反対」の文字の鉢巻、ムシロ旗が掲げられ、当時のガリ版で刷って村内に配ったビラや、国や県への陳情書など、500点以上が展示される予定です。2006年10月21日に落成式が行われ、元木頭村長・藤田恵さんや、当時運動を繰り広げた村内の同志たち、県内外から応援者など、70人ほどが駆けつけ、完成をお祝いしました。資料館横には、滞在してじっくり資料を調べることができるよう、これまた総木頭杉のゲストハウス「おららの小学校」も建築。木のぬくもりたっぷりで、まんなかには囲炉裏もあり、ゆっくり座っているだけでもほっとできる空間です。

 現在、膨大な資料の整理中で本格的なオープンは夏頃になりそうですが、日本で唯一のダム反対資料館、全国的にも注目を浴びそうです。

「ダム反対資料館」那賀郡那賀町木頭折宇  連絡先:tel&fax 0884−69−2331(田村 好)




子育て日記

            栗原広之

 次女(二才)がインフルエンザにかかった。長女の時は夜中高熱となり、手当のかいなく熱がどんどん高くなり、診療所にかけこんだが、もらった座薬も効果なく、明け方をまって車で山道を1時間飛ばした。車中41℃まで達し、生きた心地がしなかった。当時は今のような15分で分かる検査薬はまだなく、ただただ熱が下がってくれる事を祈るばかりだった。

 今回はすぐにインフルエンザ 型と判断された。で、タミフルだ。この薬は発症後48時間以内の服用でないと効果が期待できないそうだが、うちはキャンセルした。服用によるリスクと、服用しても症状が1日+αほど緩和される程度と聞いていたからだ。「高熱による脳炎のリスクもありますが、うちの子だったら飲ませます。」という小児科医に説得されたが、以前より疑問視されていたので断った。先生曰く「タミフルを飲まなくてもインフルエンザによって幻覚を見る事はある」。

 この薬、使用説明にも異常行動の注意書きがある。目を離すとマンションから飛び降りたり、交通量のある国道に突進してしまった、などが多数報告されている。政府が注意喚起を怠っているのは、この薬の世界の生産量の多数をトリインフルエンザ対策の大義のもと、日本が買い占めていることと関係があるのだろうか・・・。

 薬の特許は米国防長官が大株主となっている米国企業だという事だそうだが、それが私の娘のインフルエンザ治療と関係あるの? 世の中って、そういうことなの?



奥木頭物語 ミツバチの思い出(その二)

                  山村 好一

 戦時中は甘いものと言えばお砂糖だが、滅多に手に入らず、ましてや「蜂蜜」などは何処の家庭にもあるわけがない。好一は母に尋ねた。「おらく(僕)の家ではミツバチをどうして飼わないの?」。母の答えは明快だった。「ミツバチを飼おうと思っても、その人の性分によって蜂が集まってくるか、こないかは分からない…」と言う。「どうして?」好一は再度聞き返した。母は多くのミツバチを飼育している岡内義太郎さんから聞いた話を説明した。「たとえ多くのミツバチが集まってきたとしても、すぐ逃げたり死んだりするそうだ。」

 しばらくたって、好一の言い分を聞いていた父は、穴のあいたサルスベリの木を見つけ、3個の蜜箱を作り、貰ってきた蜜蝋を熱湯でとかしてそれを振りかける。蜂蜜の臭いがぷんぷんと鼻をつく。ミツバチを誘うためだ。しかも2箱重ねて背負うとよく滑る。それを春3月下旬、それぞれの場所に設置した。直径約30センチ、高さ約40センチの蜜箱である。

 5月上旬頃、設置しておいた蜜箱を見に行った時、一つの箱に沢山のミツバチが飛び交い、それを見た時「やった…」と、その時の喜びは今も忘れられない。場所の遠い「柿の木の平」から我が家の近くへ密箱を移したのは9月の初めだった。勢いよく飛び交う蜂たちに満足していたが、10月に入った頃、急に蜂たちは近くにあった甘藷の葉っぱを片っ端から齧り始めた。「へえ~」家族みんなが不思議に思いつつ、10月の半ば頃になって以前の勢いも全くなくなった蜂たち。蜜箱を起こしてみると、中には巣虫が繁殖し、巣そのものが完全に食い荒らされている。「やっぱり駄目か…」好一は『ミツバチは人の性分による』云々が、どうしても納得ができずに60歳を迎えた。彼は3センチの厚みの板で、蜜箱を5個作成し思い思いの場所に設置しておいた。そのうちの4つの箱にミツバチが通い始め、そのうちの1個は久井谷の山林崩壊で失ったが、彼はこう結論づけた。『ミツバチは人の性分に左右されない。風当たりの強いところは嫌われ、南向きの日当たりのよい場所と蜂にとって住み心地のよい巣箱が大切だ。』ある本の中に、日本の養蜂家が南米までミツバチを持っていった。最初はせっせと働いていた蜂が、だんだんと花の蜜を採らなくなった。「極道され」になったという。その訳は、南米は暖かく花の蜜はいくらでもあるので、蓄える必要がないのだ。日本では四季折々と気候が変化するので夏の暑い時に蜜を蓄え、冬に備えるというのだ。それにしても、スーパーや食品店には沢山の蜂蜜が並び、その種類と豊富さに驚かされる昨今である。

      ※甘藷―サツマイモのこと

      ※極道され…働かずにブラブラしている人のこと